ji-pankun

メジロマックイーン

私立恵比寿中学『ハッピーエンドとそれから』について語るときに僕の語ること

 さまざまな事象がとめどないスピードで移り変わり、立ち止まることを良しとしない現代において、立場を失いつつあるのがノスタルジーというエモーションの存在だ。あの頃はよかった、という文言は今の時代においてはいささか有効ではないのかもしれない。知るかよ、だ。わかる。たくましい。そんな困難な時代に、過去の記憶との向き合い方と合わせて、自分たちの所信表明まで描いてしまったのが私立恵比寿中学の新曲ハッピーエンドとそれから、である。

 この曲の歌詞には、年は取った、季節に取り残されたままで、昔話、あの頃、忘れたっていい、工場開発されてしまった駐車場、思い出色褪せてく、、、等々、時間の経過を思わせるワードが頻出する。あわせてMVにおいては、全体を捉えない不自然な構図が目立つカットの多用、視線・ダンスに始まり、手を振る・呼びかける・フリスビーを投げるなどの画面外への運動を用いた演出等、不在の存在を強調することに終始する。それはまるで、画面外のそこに誰かが存在するかのように。そう、この曲は失われてしまった誰か(またはどこか)に向けて放たれる愛の便りなのだ。

 曲の構成も冴えている。快活なメロディのAメロとサビに対して、わずかに憂いを纏ったイメージのBメロは、5分ある曲の中で序盤とラスサビ前の二度、間を空けて歌われる。この構成が『記憶』という曲のテーマを上手くなぞりエモーションの高まりを誘う。序盤でのみ歌われるBメロが終盤忘れかけた頃に繰り返され、泣き笑いのようなエモーションの発露が最大となった直後

初恋の人 君はどうしてる?元気にしてる?

安本彩花が歌う。それにはどうしたってエビ中自体のヒストリーを重ねて思わずにはいられない。しかしさらにこの曲がすごいのは安本が歌うそのあと、曲を締める最後のボーカルを新メンバーに託していることだ。暖かい記憶に便りを送り、抱きしめ、慈しみ、祝福しながらも、それでも未来へ向かって歩みを止めないグループとしての意思表示である。MVにおいてメンバ-9人が集まるのは終盤のダンスシーンのみ、という点もそれを象徴している。

 初恋の人、というのはいったい誰のことだろう?それはもちろん各個人の記憶に宿る大切な人でもいいし、それこそエビ中メンバーにとっては旧メンバーのあの人であるし、新メンバー加入以降、グループに対して心が離れつつあった自分に引き寄せるならば、エビ中というグループ自体であるとも言える。さらに飛躍して解釈してしまうならば、ちょっと思い出しただけにおける照生にとっての葉(またはその逆)、スパイダーマンNWHにおけるピーターパーカーにとってのMJと重ねることだってできる。そんな自由な想像さえ許してしまう度量がこの曲には備わっている。

 再会や喪失を伴う春という季節を待つ時期のリリースもこの曲にぴったり。最後に、同じく5年前のこの時期にリリースされたサニーデイサービスの名曲『桜 super love』の冒頭の歌詞を引用してこの記事を締める。大袈裟じゃなく、ときに記憶を慈しむことは、人生を前に進めるための重要な手段になりえるのだ。

君がいないことは 君がいることだなあ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各ボーカルについての余談。新メンバー3人の、あどけなさの残るフレッシュな発声もこの曲にハマっているし、柏木安本真山に顕著な、感情を歌声に乗せるj-pop的マナーに沿った歌唱の上達も目を見張るものがある。が、個人的に最も耳に残るのは、『もともと僕より頭の良かった君でも』というラインを歌う中山莉子の発音する「も」の、アマチュアリティが抜けきらない鈍臭い発音だったりする。あー名曲。メンバーのみんないつまでも幸せでいてくれ。